結婚が破綻した時 ――男目線のジェンダーギャップ(前編)

妻の実家はもぬけの殻

四十五歳のタッキーは今、不倫をしている。

正確にいうと、批判や社会的制裁が一番集中しやすい形の不倫をしている。妻が子供を産み、子育てをしている間に若い女性と恋に落ち、妻がいる場所とは別に部屋を借りて一緒に住み始めたのだ。

だが、想像に反してこの不倫は全く浮ついた話ではない。

むしろ、結婚が破綻した時においてあまりにも無力な男性が辿り着いた結果でしかないのだ。子供から引き裂かれ、離婚しようにも離婚できない。新しい一歩を踏み出そうにも踏み出すことができない。

家族の多様性が広がる中、離婚における男性に与えられた選択肢はあまりにも少ない。

大柄な体とメガネの奥に光る優しい目をしたタッキーは、彼が京都大学を出て就職氷河期のさなかにメガバンクに就職したエリートである事を忘れさせる。

新卒同期で将来の伴侶となる妻に出会い、五年働いた後に外資系に転職。転職後に結婚して、二社目の転職を機にニューヨークに転勤。そして、ニューヨーク滞在中に娘が産まれるというまさに絵に描いたような人生を送ってきた。

だが、タッキーの幸せは突然にして終わる。

異動によって日本に帰ってきた二年後、父親として娘と一緒に受験をした都内のプレスクールの合格通知を受け取った次の日、妻が三歳の娘を連れて実家に帰ったのだ。

最初のうちこそ連絡が取れていたこともあって静観していたタッキーも、数週間しても戻ってこない妻と娘に会いに妻の実家に出向くことを決意する。

だが妻の実家に着くと、表札はそのままに、誰も住んでいないもぬけの殻になった家だけが残されていた。

こうしてタッキーは「連れ去り」の被害者になったのだ。

子煩悩な父親ほど連れ去られる

「連れ去り」と強調しているのは、海外では夫婦関係が破綻した時に片方の親が断りもなく子供を連れて出ていくことは拉致誘拐とされるからである。一方、日本では未だに夫婦間に問題が生じた時、妻が子供を実家に連れ去ることは合法だと認められている。

だが一度そうなると、父親は自分の力では子供を取り戻す事はできない。

父親が子供を取り戻そうとしても今度は拉致誘拐とされてしまう上、妻子との別居によって子供を監護している実態がなくなると、離婚時に親権を勝ち取れる可能性も限りなくゼロになるからである。

皮肉なことに、父親が子供に愛情を注いできた夫妻ほど、妻による連れ去りのインセンティブが増すという実情がある。というのも、父親が普段から子育てに積極的な場合、母親としては子供を連れ去って別居した方が親権を確実に手にすることができるからだ。

そのため、イクメンが増えれば増えるほど、母親が先手必勝で子供を連れ去る「連れ去り得」が増えるという矛盾を引き起こす事になっている。

そして法律的に何ら対抗手段を持っていない父親は、子供を愛しているが故に子供と引き裂かれるという悲劇を甘んじて受け入れるしかできないのだ。

 

単独親権制度―法制度の欠陥

「そもそも単独親権が問題です」

二〇〇九年から共同親権運動を行なっている宗像充さんはいう。

日本では、明治時代から続く家制度を元にしている為、先進国でも珍しい単独親権が残っている。そのため、婚姻継続中は両親による共同親権になるという改正はされたものの、離婚後や婚姻関係にはない事実婚などでは依然、片方の親にしか親権が許されないという歪な制度になっている。

勿論、男性にも親権を得るチャンスがないわけではない。

ただ、事実婚の親権が自動的に母親とされるのと同じように、母性優位の原則等から、裁判で争えば九十三%の確率で母親が親権を得るという不利な状況が待ち受けている。実際、協議離婚を含めても離婚後の八割において母親に親権が行くというのが現実なのだ。

親権なんて別に親子関係が強ければ関係ないと思う人もいるかもしれない。

だが、子供を一人で育てていたある日、突然元パートナーによる人身保護請求で子供と引き離され、面会請求をしても娘に会えなくなった宗像さんは法制度の欠陥だと断言する。

「単独親権で母親が親権を取ったところで別に勝ちでもないですよ。自分一人で育てていた時期があるからわかるけど、シングル・マザーが全ての責任を負わされてしまうのも結構大変。だからこそ、共同親権によってその責任を配分しましょうという話です」

単独親権によって引き起こされる親権争いの結果、一番の犠牲者が子供だというのも往々として忘れられがちである。

大人のエゴによって離婚が成立した結果、子供は親権のない方の親を失うことになってしまうからだ。

事実、離婚後に別居している親に会えない子供は六割程度。二〇一八年には年間二十一万件もの離婚があり、そのうち未成年の子供がいる割合は五十八%。

単純計算をしても毎年七万人以上もの子供が実の親に会えなくなっているのだ。

しかも、非親権者の親に会えている子供が四割という数字ですら、二〇一一年に面会交流権がようやく民法に反映された後のことである。その上、面会交流といっても平均して一ヶ月に一―二回、二時間ずつ程度。

子供が両親に会えるという事実は増えてきているとはいっても、離婚によって実質的に父親を無くすことになる子供はあまりにも多い。

 

「相手の感情に訴える事が最良の解決方法」は男女平等?

「子供は実の父親にも愛される権利があり、子供のためにも親権を持っている方がミッションとして橋渡しの責任を負うべき」と、共同養育をサポートしている「りむすび」代表のしばはし聡子さんは主張する。

ただ、離婚するほどのカップルが葛藤を乗り越え、そこまでに至る道は容易ではない。会いたくもない相手に子供が会うのも嫌だし、子供が父親に懐くのを想像したくもないという母親も多いからだ。

そして、母親が子供を連れ去る場合には、高学歴、高収入な男性によるモラハラが多いのも問題だという。

というのも、「子供を連れて出ていくぐらい辛いというストライキ」を起こした妻に、「子供に会う権利がある」とか「子供の成長に両親は必要だ」など正論を強く主張する夫が多いため、夫婦の溝がさらに深くなってしまう事が多いからだ。

「男性側が権利を主張するより、家を出るほど辛かった妻を振り返る作業をした方が子供と面会できるようになる。最終的には子供のために何が一番なのかを考え、正論を主張する以外の解決方法を探った方がより効果的だ」としばはしさんは指摘する。

そういえば、タッキーも高学歴の高収入。そして子供を連れ去られた後、妻がDVやモラハラを申請して住所の秘匿を請求し、妻子がどこに住んでいるのかがわからなくなった経緯がある。

勿論、現在の彼女と順調に関係を築けているタッキーにはDVは当たり前のことながら、モラハラもしていないという自負はある。

それでも「DVやモラハラをしてないと証明する法的な手段もないし、子供に関して行使できる権利という観点でいえば何もない。」などと主張せず、ごめんと謝って感情に訴えれば良かったのだろうか。

法的に対抗できない絶望感を味わった後なら、もっと素直に謝れたかもしれない。

だが、愛する子供を連れ去られた後、相手の感情に訴える事が最良の解決方法であるとされる父親にとっては、男女平等という理想はあまりにも遠い。(大島陽介)

4年前