https://news.yahoo.co.jp/articles/bcca5a250dd929789f828d7c5063e3dc003bb894?page=1
1/12(火) 8:02配信
AERA dot.
片親に会えない状況が続くことは、子どもにも大きな影響を与える。写真はイメージ(写真/PIXTA)
離婚や別居など婚姻関係の破綻によって、両親の片方が子どもに会えなくなる。そんな家庭が後を絶たない。会えない側の親のみならず、両親の双方に愛されて育つべき子どもにとっても、それは大きな悲劇だ。しかし、その悲劇はいとも簡単に起こり得る。しかも「会えなくなる」のは父親ばかりではく、母親も例外でないのだ。
【写真】子どもに会えない現状を会見で訴えた母親たちの姿はこちら
* * *
これまで、離婚や別居後に「子どもに会えない」悲劇の主人公の多くは父親だった。裁判で親権を決める場合、判断基準の一つとして「母性優先の原則」や「監護の継続性」があるため、母親が親権を得ることが多いからだ。
実際、「ひとり親」といえば、ほとんどの人がシングルマザーを思い浮かべるだろう。行政のひとり親家庭支援も、おもにシングルマザーを対象としている。
だが、実は離婚・別居後、「子どもと会えない」母親も少なくない。虐待やDVなど子どもにとって不利益な行為がなくても、母親が親権を失うことはある。親権に有利なはずの母親で、なぜそんなことが起こるのか。背景には、どんな問題があるのだろうか。
保坂理津子さん(仮名・45歳)は、15歳と10歳の息子の母親だ。夫の実家にいる10歳の息子と、この2年間、ほとんど会えていない。
2年前、家具の配置で意見が合わず、夫婦げんかをした。夫は理津子さんの首を絞め、引きずり回すなどの暴力をふるい、1人で家を出て実家に帰ってしまった。夫は理津子さんと離婚したいと言い、そのまま実家で暮らし始めた。もともとあまり仲は良くなかったが、大きな問題があったわけではない。離婚など、理津子さんには到底、納得できなかった。
別居後、理津子さんは1人で子どもの育児をしながら、子どもたちと夫を定期的に交流させていた。子どもには父親が必要だと考えたからだ。
しかし、それが「あだ」となった。夏休みのある日、次男と会った夫は、そのまま自分の実家に連れ帰った。結局、そのまま次男を理津子さんの元に帰さなかった。理津子さんが慌てて迎えに行くと、次男は「ママと帰りたい」と号泣するが、夫、義両親、義妹に追い返されてしまう。いつのまにか転校手続きもとられていた。
「夫の実家は家業を営んでおり、後継ぎがほしかったのだと思います。長男に、実家に引っ越してこないかと打診したが断られたため、まだ幼くて言いなりになる次男を連れ去ることにしたのでしょう」
連れ去り後すぐ、理津子さんは子の引き渡しと監護者指定審判を申し立てた。しかし、「監護の継続性」で夫が監護者に指定され、次男を取り返すことはできなかった。
以来、夫は次男を理津子さんに会わせようとしない。ようやく面会できたのが、連れ去られてから半年後。父親や祖父母の影響か、次男は、母親を拒否するようになっていた。いわゆる「片親疎外」だ。
「連れ去られるまでは毎日、ママ大好きと言っていた次男が『ママ怖い』と言うようになりました。本心だとは思えません。しかも、『ママがぼくを取り返したいのは養育費が欲しいからだ』だなんて、小学生がそんなことを思いつくでしょうか。夫や祖父母が自分たちのところに引き留めておくために、悪口を吹き込んでいるに違いありません」
連れ去られてから2年間に3回、第三者機関の立ち会いの元で次男と面会したが、次男の表情は暗く硬い。
「そばに他人がいるので、自分の気持ちを出せないのだと思います」
そして、夫は離婚調停を申し立ててきた。このまま離婚に応じると、「監護の継続性」から、次男の親権は夫に取られてしまう可能性が高い。理津子さんは、離婚を拒否。調停は不成立に終わった。
こうなった今、理津子さんが望みをかけているのは、離婚後の共同親権の法制化だ。推測するに、夫が次男を無理やり連れ去ったのも、離婚によって親権を失いたくなかったからだ。
民法で離婚後の単独親権が定められている現状では、一方的に出て行った夫が子どもの親権を得ることはむずかしい。夫は家業のために、どうしても後継が欲しかった。それで、このような強硬手段に出たのだと理津子さんは考えている。離婚後の共同親権が法制化されたら、次男を囲い込もうとする夫の考えも変わるかもしれない。
昨年11月、理津子さんは、別居親と子どもの自由な面会を求める「自由面会交流権訴訟」の原告の1人として裁判を起こした。離婚や別居によって親に会えなくなったのは、国が親子の面会交流権を定める立法を怠ったからだとして国に賠償を求めたのだ。この訴訟は、17人の原告団に「子ども」の立場の人が含まれていることでも注目されている。
竹島るい子さん(仮名・50歳)は7年前、当時9歳の息子を元夫に連れ去られた。以来、一度も息子に会えていない。元夫が、息子と母親との面会交流を拒んでいるためだ。
元夫が息子を連れて家を出たのは、るい子さんが1人で自分の実家に帰っていた週末のことだった。その直後、不仲だった元夫から手渡された離婚届に、るい子さんは勢いで判を押してしまった。それまで離婚届など見たこともなかったから、未成年子の親権者を記入する欄があることなど知らなかった。気づいたら、元夫を息子の親権者とする協議離婚が成立していた。
念のためだが、るい子さんに不貞行為その他の有責事由は、一切ない。離婚理由は、子育てをめぐる意見の対立から始まる夫婦の不仲だ。子育てと仕事との両立で体を壊したるい子さんは、自分の母親に応援を頼んだ。母親は、泊まり込みで来てくれたが、元夫はそれが気に入らなかった――その延長線上での連れ去り劇だった。
しかし、なぜ元夫は息子をるい子さんに会わせようとしないのか。
「私が思うに、元夫は私に嫌がらせをしたいのです。元夫は思い込みが激しく、極端な考え方をするところがあり、実は精神科にも通っていました。夫婦仲が悪くなり、私のことが大嫌いになったので、今は私から大事な息子を引き離すことに必死になっているのでしょう」
るい子さんは離婚後すぐ、家庭裁判所に親権者変更と面会交流の調停を申し立てたが、のらりくらりとかわされ、あっという間に4年が経過した。決着がつかず、審判に移行したが、元夫によるそれまでの監護実績から、親権者変更は認められなかった。
さらに、元夫は児童精神科の医師による息子の診断書を出してきた。そこには、「息子はうつ病で、母親の私に会うと具合が悪くなるから面会交流は行うべきではない」といった内容が書かれていた。その診断書のせいで、面会交流の申し立ても却下された。
「診断書を見て、あまりのいいかげんさにびっくりしました。連れ去り後、私は息子にまったく会えていないのに、なぜ私に会うと具合が悪くなるなどと言えるんですか? 私に聞き取り調査もせず、元夫の言い分だけでそんな診断書を書いてよいのでしょうか?」
るい子さんの怒りは、元夫に対してはもちろん、元夫の求めに応じてそのような診断書を書いた医師にも向けられている。
「人の人生を左右するような重大な診断書は、十分な調査をしてから書くべきだと思うのです」
この7年間、るい子さんはあらゆる努力をして息子に会おうとした。ひと目だけでも顔を見たくて、家の前まで行って待ち伏せたり、学校の公開授業や運動会などに行ったりした。しかし、るい子さんに気づいた元夫が「不審者」として警察に通報。親権をもたないるい子さんは、学校から追い返されてしまう。何も悪いことをしていないのに、親権がないというだけで警察にまで通報されることに、るい子さんは憤る。
「その後、元夫は私が学校に現れるのを恐れ、公開授業や運動会などの行事の際には、息子に学校を休ませるようになりました。私が待ち伏せできないよう、登下校にも付き添っているようです。思春期にそんなことをされたら、友だち付き合いにも支障が出ますよね。知人を通して、息子は不登校気味だと聞きました」
元夫の異常なまでの息子への執着の前に、るい子さんはもはやなすすべがない。会えなくて悲しいのはもちろんだが、それ以前に、偏った子育てが息子の健やかな成長を阻んでいることが心配で心配でたまらない。
離婚・別居における子どもの連れ去りは、母親がするものだと思われがちだ。実際、まんがやドラマなどでも、母親が子どもを抱いて「実家に帰らせていただきます!」と言い放つシーンはよく出てくる。
しかし実際は、この2つの事例のように、父親が子どもを連れ去ることもあるのだ。そして、いったん連れ去ってしまえば、「監護の継続性」から、子どもの親権は連れ去った側が有利になる。母親であろうと父親であろうと関係ない。「連れ去り勝ち」という言葉もあるほどだ。
子どもを連れ去られた側は、尋常ではない苦しみを負う。そして、何より不幸なのは、まるで「物」のように、連れ去られたり囲い込まれたりする子どもである。
離婚・別居後の子どもを守るために、私たちにできることは何だろうか。(取材・文=上條まゆみ)