乙武洋匡氏、面会交流を求めるも“決裂”の理由 元家族の苦しみとは

家庭を壊したほうが子どもに会いたいというのは虫がいい、という従来の価値観の記事です。

芸能人の不倫をメディアも売り物にしてきたわけですから、それで子どもが傷ついたとかいうのも説得力に欠けますが、批判を受けるのを前提に調停を申し立てた行為は、今時、むしろ褒めるところです。

何しろ、「彼には裏切られたけど、あなたたちのお父さんだから会ってきなさい」と子どもたちに言う親はいますし、不倫関係の末に再婚して親権者になった夫婦が、子どもを引き離すなんて事例はいまどき珍しくないですから。

https://news.yahoo.co.jp/articles/e1c560c16054db623c0de16cc1924c572c5ab78b?page=1

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デイリー新潮

笑顔の陰で……

 不況、自然災害、疫病の流行……。社会が不安定になる時、そのしわ寄せを最も受けるのはいつの世も「弱者」と決まっている。

それは出口の見えないコロナ禍においても変わらない。一斉休校に分散登校、そして短縮授業を強いられ、人間の基礎作りの大事な時期に教育の機会を奪われている子どもたち。多くの人が閉塞感に苛まれているこのコロナ時代は、大人以上にいたいけな子どもにとって困難な時と言える。

〈一人の教師が最大40人を担当するシステムのままでは、どうしても画一的な指導をせざるを得なくなるし、そうした一斉指導に適合できない子が“厄介者”扱いされてしまう〉(7月8日付ツイート)

〈「9月入学」が見送られるようですが、大事なのはそこじゃない。ぜひ、私からの“提案”に耳を傾けてやってください!! 〉(5月31日付ツイート)

〈教育面だとたとえば長期入院したり、不登校にならざるを得なかったりした子どもたちは、学校で授業を受けることができません〉(5月28日付朝日新聞)

コロナ禍にあって、「彼」は教育者然として「子ども関連」の発信を続けている。事実、彼はかつて小学校の教諭を経験し、自治体の教育委員まで務めている。経歴上は立派な教育者と言えるかもしれない。だがその彼の発信が、他の誰でもない弱者である「子どもたち」を傷つけているとしたら……。

「今日は皆さんに大切なお知らせがあります。私が大切なお知らせって言うと、また不祥事発覚かとか、ネガティブなイメージが出てくるのかもしれませんが、実は今日はポジティブなお知らせでございます」

7月23日、自身のユーチューブチャンネルで思わせぶりに語り始めた彼は、喜色満面の様子でこう言葉を継いだ。 「なんと私の著作、『ただいま、日本』が、日本旅行作家協会が主催します第5回斎藤茂太賞の最終選考作品に残りました~!  おめでとう~!!  ありがとうございます!」

無邪気に自分を褒(ほ)めたたえる彼の名は乙武洋匡(ひろただ)(44)。この賞ノミネートのニュースはネットでも取り上げられ、広く世間に知られることになった。彼の天真爛漫な喜びように、素直に拍手を送った人もいたことだろう。しかし乙武氏は、果たして次の「事実」に気づいているのだろうか──。

家庭裁判所に申立て

離婚後は裁判所と縁が深い

「乙武さんのニュースを目にするたびに、彼の『元家族』は呆れ、憤慨しています。なによりも今回、彼が著作を自慢していることは、元家族にとって許しがたいようです」  と、声を潜めるのは「元家族」の近況を知る関係者だ。この著作問題については後述するが、 「とりわけ彼のお子さんたちは、乙武さんが『偉そう』にメディア等で発信を続けていることに傷ついている。彼の言動によって、未だに元家族は神経を逆撫でされているわけです」

そしてこの関係者は、続けてこう明かすのだった。 「実は、乙武さんは離れ離れになっているお子さんたちに会いたいと、家庭裁判所に面会交流の調停申立てをしたんですが、昨年、そのことによって元家族に『新たなる不幸』が降りかかることになったんです」

ここで乙武氏の来し方を振り返ることで、その「新不幸」がいかなる経緯でもたらされたかを検証してみる。  早稲田大学在学中の1998年、乙武氏は『五体不満足』を出版する。先天性四肢切断という重い障害を抱えながらも、明るく前向きに、時にユーモアを交えながら自身の生い立ちを綴(つづ)った同書は世間に衝撃を与え、累計600万部超のベストセラーとなる。障害に悩み、不遇の人生を送る「陰の存在」。そうした従来の障害者像を打ち破り、今で言うところの「多様性」を体現する存在となった彼は、一躍スターダムを駆け上がっていく。

スポーツライターやニュース番組のキャスターとして活躍したかと思えば、2007年から3年間、小学校で教諭を経験した後、13年から15年までは東京都の教育委員を務める。まさに教育者として、子どもたちを「正しく導く」任に就いたのである。

 獅子奮迅の活躍を続けた乙武氏は、プライベートでも01年に早稲田大学の1学年下の後輩と結婚し、3人の子宝に恵まれ、順風満帆な生活を送っていた。現在、長男は中学生、次男は小学生となり、長女も就学への準備が始まっている。

そして16年3月、満を持して政界進出を決意し、自民党から参院選に出馬しようとしていたその直前のことだった。

 5人もの女性と不倫を重ねていたことが本誌(「週刊新潮」)の報道で発覚。以後、彼の人生は夢に描いていたであろう「成功者」とは異なるアナザーストーリーを紡いでいく。

不倫発覚後、一度は夫婦で出直しを誓ったものの、別居を経て同年9月に離婚。妻と3人の子どもと離れて暮らす彼は、しばらく「謹慎生活」を送る。蟄居(ちっきょ)反省の日々を過ごしたはずの乙武氏。だが彼は、「真の反省」ができなかったようだ。離婚から2カ月後、ダウンタウンの松本人志がコメンテーターを務める「ワイドナショー」(フジテレビ系)に出演し、「自分勝手な説明」を一方的に発信して元妻を激怒させることになる。

「乙武さんはその番組で、『私がしでかしたこと自体は、妻はずっと前から知っていた』と、まるで奥さんが不倫を容認していたかのように話したんです。事実と異なる上に、テレビ番組でペラペラと離婚の経緯について語ることは、離婚の際に交わした『守秘義務契約』の違反にあたるとして、奥さんは損害賠償を求めて乙武さんを提訴しました」(先の関係者)

子どもたちからの「ノー」

 元妻や子どもたちのことを考えず、自分にとって「都合の良いストーリー」を公共の電波を使ってアピールした乙武氏。彼が「真の反省」をできていないと疑われた所以(ゆえん)だが、この元妻による提訴の過程では、乙武氏の「モラハラ」とでも言うべき実態も明らかになった。その一端を紹介しておくと、 〈奥さんがほんの数分、彼のもとを離れると、(中略)乙武さんは、『自分を放り出すのか』『どれだけ自分が惨めか分かるか』などと奥さんを何度も詰(なじ)り、LINEを通じても延々と彼女を責めた〉 〈乙武さんは奥さんに、『俺の面倒を見ないと、障害者虐待防止法で訴えるぞ』とまで言ったそうです〉(いずれも本誌17年8月17・24日号より)

結局、自らの「不徳」によって元妻に提訴される事態を招いた乙武氏は、 「法廷闘争が長引くと、自身や不倫相手が出廷しなければならなくなり、何もかもが詳(つまび)らかになってしまうと恐れたのでしょう。“和解”に持ち込みました」(乙武氏を知る人物)

不倫、離婚、元妻からの提訴、そしてモラハラ騒動……。単なる著名人のスキャンダルに留まらず、その「人格」にまで注目が集まった乙武氏。彼は17年、日本を「脱出」し、外国を転々とする。その海外放浪の旅をまとめたものが、斎藤茂太賞にノミネートされた『ただいま、日本』である。先のユーチューブチャンネルで、乙武氏は同書についてこう説明している。

「私自身がちょっと、4年前に、日本にいづらくなるとある理由がありまして、まあそんなこともあり、2017年に約1年間をかけて37カ国を回る海外放浪の旅に出ておりました」

乙武氏の元妻の知人が打ち明ける。 「この発言を知った彼女は憤慨していました。それはそうですよね。確かに彼は不倫騒動で日本にいづらかったのかもしれません。でも、それは奥さんや、彼女が引き取った子どもたちだって同じです。いや、乙武さん以上に繊細な子どもたちは苦しんだに違いありません。そうしたことに配慮せず、乙武さんが、あたかも自分だけが『悲劇のヒーロー』であるかのように振る舞うのが許せなかったんでしょう」

子どもたちのことを顧みずに、自分の辛さばかりを訴える乙武氏。そんな彼は、これまた子どもたちの気持ちを考えずに、突然、前記の通り面会交流の申立てを行ったのだった。  乙武氏の子どもたちが通う学校の事情を知る関係者が証言する。 「ご長男とご次男は、自我が芽生え始める難しい時期にあります。当時は『不倫』の意味がよく分からなかったものの、徐々に理解しつつあり、現在、乙武さんへの嫌悪感が強く芽生え始めている様子です。そして、その意味が分かってくると、乙武さんが今でも無邪気にメディアに出続けていることに耐えられないようで、『(乙武氏が)反省しているとは思えない』と」

また乙武氏は一昨年来、義足をつけての歩行に挑戦するプロジェクトに取り組み、それを「人権派」の朝日新聞などが大々的に取り上げている。さらに8月23日、彼は「松本人志さんから“必要な人”と評価されている」(テレビ関係者)ためまたしても「ワイドナショー」に出演し、そこでも世相を斬りつつ、義足プロジェクトについて「宣伝」している。しかし、この取り組みの様子についても、 「お子さんたちは、『これ見よがしで、何だか威張っている感じがしてイヤだ』と、受け入れられない様子です。海外放浪を本にまとめたことに関しても、『自慢しているようで気分が悪い』と言っているそうです。お子さんたちは、自分たちの辛さを尻目に、父親である乙武さんが楽しげに発信していることに不快感を覚えているのでしょう」(同)

なお乙武氏は離婚後、フィギュアスケーターのザギトワに似た20代ハーフ美女との交際がツーショット写真付きで報じられている。相変わらずのモテ男ぶり。「ひとり侘(わび)しい中年男」ではないはずなのだが……。

別の学校事情通が続ける。 「乙武さんによる面会交流の申立てによって、昨夏、ご長男とご次男は家裁の調査官による調査、面接を受けることになりました。そうした面接を受けさせられることによるお子さんの心理的負担は、大人の想像を絶するものがあります。普段は忘れていた過去の家庭の辛いことを、否が応でも、強制的に思い出させられてしまう……。実際、お子さんはスクール・カウンセラーに相談していますし、面接を受けた後、過度のストレスによるものと思われる体調不良を訴えました。結局、お子さんたちは乙武さんに会いたくないという意思を示したと聞いています」

こうして、子どもたちに「ノー」を突き付けられた乙武氏は、「申立てを取り下げざるを得なかった」(乙武氏の知人)という。

「強烈な嫌悪感」

 離婚したとはいえ、実子に会いたいと願う心は、人の親であれば誰しも理解できるところであろう。しかし乙武氏の場合、その心が子どもたちに通じていない。それどころか、彼自身の振る舞いによって、子どもたちは乙武氏への忌避感を募らせているというのだから、自業自得と言うべきか、自縄自縛と言うべきか……。

「今、お子さんたちは、乙武さんに会いたくないどころか、『(乙武氏が)発言している番組とかは観たくない』と、強烈な嫌悪感を持っています」(先の学校事情通)  とどのつまり、こういうことだ。

乙武氏が発信をすればするほど、それを目にする子どもたちは「反省していない父親」の姿にイヤな思いを募らせている。乙武氏の表現の自由は、子どもたちを傷つけることによって成り立っている構図になるわけだ。子どもたちをより良い大人へと導くべき「教育者」が、実子の心の傷という代償を払いながら「教育的発信」を続けている……。これほどの皮肉はあるまい。

 事実関係等を尋ねるべく元妻のもとを訪ねたところ、 「私からは何も申し上げられません」  として、溜め息をつくように一言だけこう漏らした。 「彼にはそれぞれの家庭の事情をよく考えてもらえればと思います」

一方の乙武氏は、テレビ番組等での冗舌さとは裏腹に、本誌の取材に対しては質問に答えることなく「沈黙」したのだった。

かつて、乙武氏は離婚の動機についてテレビ番組でこう述べている。 「やっぱり、子どもを一番に守りたいっていうのが強かったと思うんですよね」  今、彼は子どもたちを守れているのだろうか。  そして乙武氏は、先の著作をこう結んでいる。 〈私一人にできることは限られているが、それでも社会とはそうした一人一人の集合体だ〉

 そう、乙武氏の長男や次男を含めた「一人一人の集合体」が社会なのである。その「一人一人」の気持ちに、彼はどう思いを馳せているのだろうか。 「教育的発信」を続ける乙武氏。そして、それを重宝がるメディア。今日もまた、乙武氏の「大活躍」が続いている。

「週刊新潮」2020年9月3日号 掲載

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