養育費と面会交流のバランスをとるのは男女平等か?

「共同親権制度など親権の在り方とはリンクさせないこと」

 

6月11日の院内集会では、養育費問題について発言者から問題提起された。

現在、森まさこ法務大臣の私的勉強会からのレポートが出されていて、養育費の徴収強化の方法や公費による立て替え払いについて提案がなされている。

翌日の12日には、法務、厚生労働両省が離婚後の子どもの養育費の確保策に関して、両省審議官級によるタスクフォースの初会合が開かれている。養育費が支払われない場合、公的機関が立て替えたり、強制的に徴収したりする支援制度の導入を目指し、年内に論点整理をまとめるという。こういった動きは今年1月にシングルマザーサポート全国協議会(赤石千衣子)が提出した、「養育費の取り立て確保に関する要望」をベースにしており、この要望項目の4つ目には、「共同親権制度など親権の在り方とはリンクさせないこと」という項目があり、レポートでもそれは反映されている。

セックスしないと子どもはできない。「やるだけのことやってて金だけよこせ!?」は、よく言ってわがまま、悪く言って詐欺だ。そういう不道徳な主張を堂々として、国がそれを国策に反映させようとしている。院内集会当日、石井政之さん(ユニークフェイス)からは、共同親権への反対の理由には養育費問題がある、という指摘があった。

つまりこういうことだろう。

養育費を男から分捕るためには、引き離しておかなければならない。なぜなら、子どもを使った人質取引ができないだけでなく、両親の関与が十分にあれば、養育費の高額請求もしがたいからだ。そして、赤石さんたちのように、シングルマザーを名乗る団体や、女性支援の団体は、男性から金を分捕ることによって「自立支援」の名目にし、分捕れなければ国に肩代わりさせることが、組織の存在意義である。したがって、両親が協力し合うという選択肢をとろうとするのは困る。

「被害者」であればこういった主張も「わがまま」にならない。したがって、「思ったらDV」というDVの定義を際限なく広げて、今は「社会的DV」と言った、もはや「家庭内暴力」の定義からは意味不明の言葉まで生み出した。連れ去りは被害者保護のために擁護される。この際、女性の連れ去られ親の存在は目障りだから無視しよう。そもそも別居親は女性であっても「シングルマザー」ではない。「親に会わなくても子どもは死にはしない」(小野田紀美参議院議員)。本音が出た。

 

何と何をバランスをとる?

 

嘉田由紀子参議院議員からは、養育費と面会交流は車の両輪で、バランスの取れた施策をという呼びかけがなされた。法務省は今年の3月から、「離婚を考えている方へ~離婚をするときに考えておくべきこと~」という情緒的な呼びかけをホームページでしている。

内容は、明石市が取り組んだ離婚時の合意書斡旋のひな型を流用しているのが見てわかる。中立性を一見装っているが、ひな型の記入例を見ると、面会交流の内容については宿泊なしの場合は「〇カ月に〇回程度」、宿泊ありの場合は「夏休みに2泊3日」と示されている。今日聞いた相談では、「月に1回。宿泊は2泊3日程度」という提案を同居親から示され、養育費の額は算定表より高額だったという。

明石市には「養育費と面会交流は車の両輪」ではない、ということを進める会では要望書で書いて送っている。「月に一回養育費を払うから月に一回会わせればよい」というのが法務省や明石市が考える「車の両輪」である。これは会わせることを「迷惑」ととらえる発想であり、一言で言えば差別である。

実際、明石市が持った研究会では、早稲田の棚村政行氏や、FPICの山口恵美子氏とともに赤石千衣子さんも入っていたりする。別居親の代表は除外されもちろんバランスは欠いている。しかし「車の両輪」論は性役割に基づいたバランスという点では取れている。

しかし、実際問題バランスを是正するなら、性によらず両親間の養育分担のバランスをとるべきであり、それは経済的にも、実際の子どもの世話という面でも分担し合うということだろう。国もそれを進めており、婚姻外関係においてのみ適用除外とするのはおかしい。

 

「車の両輪」論から「トレードオフ」へ

 

「お金は分けられるけど子どもは分けられない。だから養育時間を分ける」

これが共同親権の原則であり、子どもが両親から生まれている以上当たり前のことである。実際子育ての時間を分けられれば、経済分担も応分の割合になるのが普通だ。そうなると、養育時間と養育費の額はトレードオフの関係になり、諸外国ではこの施策によって養育費の徴収率は上がっている。

こうなると赤石さんたちのように、同居「シングルマザー」だけの利益を守る団体は用無しになるので、なりふり構わず抵抗している。「葛藤のある夫婦に共同親権は無理」なのではなく「葛藤してくれないと私たちが困る」のだ。

この「私たち」には、裁判所と結託して引き離して会わせる手数料ビジネスで定年後の小遣い稼ぎをするFPICのような団体や、彼らを擁護して地位を保つ棚村さんのような学者も入っている。

石井さんは、「あなたたちは差別されているんですよ。差別されると搾取される」と別居親たちに注意喚起をした。トレードオフの施策は、海外では父親の権利団体が働きかけて実現したものだし、何も単独親権制度だからできないというわけでもない。明石市もこの施策について触れている。行政の側からしても、ひとり親を作り出して貧困対策に税金支出を続けることの非効率性には気づいているし、説明責任も負いにくい。

この施策の導入に抵抗するためには、とことん別居親を加害者扱いして議論のテーブルから排除し、「共同親権制度など親権の在り方とはリンクさせないこと」が必要だ。つまり「口封じ」だ。メディアや院内などへのクレーム攻勢もこの点から説明できる。

よく考えられている。

であればぼくたちに求められているのは、顔を出して名を名乗り、叩かれても表に出る覚悟と、彼らを茶化すユーモアだろう。彼らの弱点は皮肉なことに男女平等だ。

(宗像 充2020.6.17)

養育費と面会交流のバランスをとるのは男女平等か?

 

3週間前