コロナによる片親引き離し

コロナ引き離し

 

新型コロナウィルスの感染者があちこちで増え、緊急事態宣言が出されて行動が制約されるようになり、子どもと過ごす約束を守ってもらえなくなった親たちの声がいろいろと聞こえてくるようになった。

世は単独親権である上に、社会は家族であっても分離強化に向かっているので、同居親の苦境はニュースにしやすいが、彼らが実行しているかもしれない親子分離は「やむを得ないこと」とされやすいのは想像がつく。

「近所でコロナの人が出たので中止するつもりはないが、当面自粛してほしい」

「こんな状況で会わせるなんて考えられない」

「不要不急の外出はやめるべきと国も言っている」

という理由でいとも簡単に親子関係が絶たれ、そうなると事態の収束が見えないだけに、このまま引き離されてしまうのではないかという恐怖は強まる。同居親のほうは子どもと一対一の関係でストレスを感じ、別居親は不安で体調を崩す。免疫も落ちるだろうから、素人考えでも感染症対策として不適切だ。

いっしょにいる時間が長くなるから、DVも虐待も増えるだろうなと予想したけど案の定だった。「コロナ離婚」を煽っている人もいるが、こんな状況で親権を奪われれば子どもとの今生の別れとなることは誰もが想像がつき、子の奪い合いが勃発すれば、自殺やストレスで死人が何人出るか想像がつかない。こういうとき、修復的な援助だけでなく、親子関係を維持したまま、離婚を選択肢にできる共同親権がないことは致命的だろう。

単独親権制度の日本で月に一度2時間程度の「面会」は、「会わせなくてもよい」「家族外の他人」という発想を生むが、子どもにとっては友達のみならず親とも引き離され、寂しい気持ちは周囲は理解できず、感染症は暗い思い出になって心に刻み込まれる。

 

父親が危険なのと同じくらい母親も危険

 

一方で、イギリスのように、政府が別居親子の関係維持を指針として出したところが複数あるということも伝わってきている。日本でこういった指針を政府に求めるとどうなるか。

一部の自治体では、卒入学式に別居親の参加を認めないという通達を「コロナ対策」として教育委員会が出したという報告がある。親どうしが特に出席について問題視していなくても、こういった措置がなされる点で、明らかな差別にあたる。たとえば白人と黒人が愛し合って結婚しようとして自治体に届け出を持って行ったけど、黒人との結婚は認めないと自治体が拒否するようなものだ。この場合、同居親の親族であれば何人であっても出席できるとすると、もはや合理的な理由などありえない。

感染症対策としてはどうだろう。

親であっても接触の対象となり、そういう意味では子どもに感染するリスクはある。しかし別居親が社会生活を送っているのと同じように同居親も社会生活を送っている。ここで同居親は多く家事育児を担う女性で家庭にいることが多いのでリスクが低い、などという理由で同居親側の拒否を認めるのであれば、男は外で感染してもかまわないということになる(まさかこれが男性の死亡率が高い理由でもないだろうが)。もちろん「シングルマザーの苦境」は社会問題としてありえない。こんな理屈は実は親どうしが同居していても同じなのだ。

つまり子どもから見れば、同居だろうか別居だろうが、父親(母親)が危険なのと同じくらい母親(父親)も危険だ。同じ程度のリスクがあるなら、いっしょに過ごす時間が長い親のほうから感染させられる確率が高いに決まっている。

感染症対策として別居親との引き離しを認めるのであれば、同居親もまた育児から手を引くべきだ。どちらかの親が感染しているのが明らかならば、現状どちらかの親は入院させられるなりして分離させられる。そういう場合も見越せば、もう一方の親との関係をあらかじめ絶っておくことは、子どもにとって極めて危険だ。

 

「不要不急の外出」ではなく「必要な帰宅」

 

不要不急の外出は控えるべきだというならば、別居親が社会活動を送るよりも低い程度に、自分が外に出て気晴らしし、買い物するのもやめておかないとならないだろう。何より子どもにとって、親が暮らす場所自体が二つの家で、親といっしょに過ごすことは、「不要不急の外出」ではなく「必要な帰宅」にほかならない。

コロナの感染が拡大する中でも親子関係の維持を指針として掲げる国がある理由は、子ども視点に立てば明らかだ。単独親権制度はこういった冷静な判断を許さず、同居親の側の恐怖心からくる不合理な判断を子どもを理由に正当化する。「子育ては女性の専権事項」という固定観念がこういった不合理な判断を支える。子どもが感染症にかかるリスクを少しでも減らそうと考えるなら、家に恋人を上げること自体控えるべきだが、嫌いな人間ならすぐに感染症予防を持ち出すなら、それはハラスメントにほかならない。

小野田紀美(参議院議員)が言うように「親に会わなくても子どもは死にはしない」なら、マンションの一室に子どもを閉じ込め、ご飯だけ与えておくというのが一番の感染症対策となる。それを児童虐待と呼ぶならば、もはやそれはコントだろう。(2020.4.14)

宗像充のホームページ
https://munakatami.com/column/koronahikihanasi/

2か月前