最高裁判所は2019年12月23日、養育費を簡易迅速に算定するための新算定表を公表しました。
全国の家庭裁判所で用いられる養育費算定表が16年ぶりに改定されることとなり、これによってほとんどのケースで養育費が増額されることが明らかになりました。
ただし、子どもを育てていくために十分な水準の養育費が認められるようになったかというと、必ずしもそうはいえません。
また、離婚相手から確実に養育費を払ってもらえるかどうかは別問題です。
ここでは、新算定表によって養育がどのように増額されたのかをご紹介し、養育費にまつわる問題が今後どのようになっていくのかという予想や注意点についても解説します。
新算定表によって多くのケースで養育費が増額されました。
なかでも高所得世帯において増額されるケースが多く、増額幅も大きくなっています。
具体例で旧算定表と新算定表それぞれの金額を比較してみましょう。
新算定表は裁判所のホームページ「平成30年度司法研究(養育費,婚姻費用の算定に関する実証的研究)」で公開されています。
旧算定表は裁判所のホームページから削除されているため、筆者の手持ち資料を参照しています。
なお、以下に挙げる具体例では、いずれも離婚後に元妻が子どもの親権者となり、元夫が養育費の支払義務者となったケースを想定しています。
上のケースでは6万円、下のケースでは4万円が増額されています。
毎月の養育費がこれだけ増額されれば大幅増額といえるでしょう。
上記の具体例を見ると新算定表によって養育費の算定基準が大きく改定されたように思えますが、中~低所得世帯の金額を見るとそうでもありません。
具体例を見てみましょう。
こちらは旧算定表と新算定表で金額に変更はありません。
もちろん、中~低所得世帯でも養育費が増額されているケースは多くありますが、増額幅はせいぜい1~2万円にとどまっています。
結果として、新算定表では余裕のある高所得世帯の養育費は大幅に増額されているのに、本当に増額が必要な中~低所得世帯では顕著な変更がないという内容になっています。
支払義務者の年収が低い場合は大幅増額が難しいのはやむを得ません。
とはいえ、養育費を受け取る側の方の多くにとって新算定表の内容は期待外れといえるかもしれません。
穴を探せばきりがありませんが、新算定表では多くのケースで養育費が増額されているのですから、一定の評価はできます。
ただ、今後の新算定表の運用についてはさらに懸念があります。
以下の2点には注意が必要です。
■注意点1:算定表が硬直的に運用される可能性が高い
従来から、家庭裁判所では養育費の算定表が硬直的に運用されているという批判がありました。
算定表に記載されている養育費の金額はあくまでも参考に過ぎず、実際の金額には個別のケースに応じてさまざまな事情を考慮して決めるべきものです。
ところが、新算定表は従来の算定表よりもさらに硬直的に運用される可能性が高いのです。
裁判所のホームページでは、算定表についての説明も公表されていますが、そのなかに以下のくだりがあります。
ただし,いろいろな事情といっても,通常の範囲のものは標準化するに当たって算定表の金額の幅の中で既に考慮されていますので,この幅を超えるような金額の算定を要するのは,算定表によることが著しく不公平となるような特別な事情がある場合に限られることになると考えられます。引用元:裁判所 養育費・婚姻費用算定表について(最終頁)
このくだりは、旧算定表の説明書きにはなかったものです。
「よほどの特別事情がない限り、算定表の金額が標準である」という意味の一文がわざわざ加えられているのです。
こんな注意書きがあれば家庭裁判所の審判官は算定表の基準から外れた金額を認定するのに躊躇するはずです。
養育費の支払義務者から依頼を受けた弁護士も、この注意書きを根拠として養育費の増額を拒否するでしょう。
■注意点2:養育費の未払いが増える可能性がある
今まででも支払義務者にとって養育費の負担は軽いものではありませんでした。
厚生労働省の調査によると、母子家庭で離婚した元夫から養育費の支払いを受けている割合はわずか24.3%です。
養育費が増額されると支払義務者の負担が増えるため、今後はさらに未払いとなるケースが増えることが予想できます。
未払となった養育費については、令和2年4月1日から施行される改正民事執行法によって従来よりも回収しやすくはなります。
それでも回収するために手間や費用はかかりますし、必ずしも回収できるとも限りません。
結局のところ、新算定表によって養育費は少しだけ増額され、未払金の回収についても法改正によって少しだけ簡単になるというのが現状です。
養育費の受取額を劇的に改善するためには、権利を主張するのも大切ですが、より根本的な対策も必要でしょう。
そういった観点から1つ提案したいのが「共同親権」です。
■政府が共同親権の実現を検討している
現行法では、離婚後は夫婦の片方しか子どもの親権者となることはできません。
もう一方の親は養育費支払義務者となるわけですが、
親権がないのにお金だけを支払う気にはなれないという人が一定数いるのも事実
です。
しかし、諸外国では離婚後の共同親権を既に導入している国が多く、先進国で単独親権制を維持しているのは日本の他にはあまりありません。
そんななか、日本でも政府が共同親権の導入に向けて検討を始めています。
2019年11月、離婚後の親子関係についての研究会が法務省に設置され、研究・議論が進められています。
共同親権の導入の有無や導入時期は未定ですが、さまざまな分野での法改正が相次いでいる近年の傾向からすればいずれ導入される可能性があります。
離婚しても子どもは両親が共同で育て、費用も共同で負担するのが本来のあり方ともいえます。
法改正を先取りして実質的に共同親権のような形で子どもを育てるような親子関係を実現できれば理想的です。
養育費の新算定表によって従来の算定表よりも養育費が増額されるケースが多いのは事実です。
しかし、適切な金額の養育費を受け取るためには、離婚した元配偶者との地道な交渉や強制執行手続きの適切な活用などが引き続き必要となる実状には変わりありません。
新算定表の基準を上回る養育費を受け取るためには、どうしてそれだけの金額が必要なのかという根拠を明示して根気よく話し合うことが必要になるでしょう。(執筆者:川端 克成 / 約15年間弁護士をするも、人の悩みは法律だけでは解決できないことに悩み続けてやめる。今は法律問題に限らず幅広いジャンルで執筆活動中。)