法務省も研究会立ち上げへ!離婚後の親権制度、日本ではどうあるべき?単独親権派と共同親権派が討論

赤石、千田「川井さんのことを言っているのではないが・・・」

日本語に翻訳すると「どうせあなたもDVなんでしょ(だって男はみんなDVだから)」

あと、共同養育支援法議員連盟(単独親権温存議連)、いい加減余計な仕事しないでほしい。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190928-00010013-abema-soci&p=1

今月22日、東京・浅草の路上で、離婚をきっかけに子どもに会えなくなった親たちのデモ活動が行われていた。参加者が訴えているのは、単独親権制度を見直し、共同親権を持てる制度への変更だ。

【映像】毎日550組が離婚 “親子の別れ“ 子どもの幸せはどう守る? 日本の親権制度を考える

民法が定める親権は「身上監護権(監督保護・養育を行う権利)」と「財産管理権」の二つに分けられ、婚姻中は父親と母親の両方に与えられる(=共同親権)が、離婚する場合は「父母が協議上の離婚をするときは、その協議でその一方を親権者と定めなければならない」(819条)とされており、どちらかの一方だけが権利を持つ(単独親権)こととなっている。しかし、G20の中で単独親権の国は日本、インド、サウジアラビア、トルコなど非常にわずかだというのが実情だ。

また、この親権をどちらが持つのかを争う際、家庭裁判所は、子どもの生育環境が変わるのは良くないとの理由から、余程のことがない限り同居の実態のある親に優先的に親権を与える傾向があるという。デモの参加者たちが主張するのは、こうした背景を理由に、離婚を考えた片方の親が親権獲得を有利にするための子どもを“連れ去り“と、それによって子どもに会えない状況が生まれていることへの苦悩だ。

一方、この“連れ去り“が起きる背景には、夫婦間のDVの問題も横たわっていることなどを理由に、共同親権の導入に異議を唱える人たちも多い。武蔵大学の千田有紀教授は「子を連れての転勤や海外移住には相手の同意が必要になり、離婚したのに相手に大きな束縛を強いられる」と話す。また、NPO法人フローレンスの駒崎弘樹代表は「親権は主に監護権と重要事項決定権。よって、離婚後共同親権では、離婚して別れて離れて暮らしている夫(妻)が、子どもの大学進学や定期預金の解約等に、いちいち拒否権を発動できてしまう」とTweetするなど、反対の意向を示してきた。

毎日約550組が離婚する日本。25日放送のAbemaTV『AbemaPrime』では、共同親権推進派と単独親権維持派を交え、親権の現状について話を聞いた。

■発言者(敬称略)
赤石千衣子(NPO法人「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」理事長)
古賀礼子(弁護士)
川井ヒロチタ(「結の会」副代表)
柴山昌彦(自民党衆議院議員・共同養育支援法全国連絡会幹事長)
千田有紀(武蔵大学社会学部教授)
堀潤(ジャーナリスト)
パックン(お笑い芸人)
平石直之(テレビ朝日アナウンサー)

 

■反対派が懸念するDVの危険性

パックン:僕の親も離婚しているが、日本に来て離婚したら親権は片方の親だけになるということを聞いて、ひっくり返るくらい驚いた。アメリカでは同居している親が決定権は持っているが、離れた親でも会える権利は持っている。だから「お父さんに会ったことがない」とか「娘に会えないんだ」と言っているのを聞いて、本当に驚いた。

赤石:私自身は面会交流で子どもをお父さんに会わせていた。単独親権制度のもとでも面会交流はできているし、制度として共同親権を入れることに待った、という意味なので、誤解のないようにお願いしたい。

川井:僕は2年前に妻が子どもを連れて出ていった。その時は共同親権や単独親権という言葉を知らず、親はずっと親であり続けると思った。離婚すると突然親権がなくなり、子どもから片方の親を奪ってしまう。ほとんどの場合、監護権は子どもと一緒にいる方にしか行かず、裁判所も原則面会という感じになっている。子どもからしたらパパも好きだし、ママも好きだし、両方から愛されたいと思っているはずだ。それなのに片方に決めないといけないのか。そういう疑問を持った。

僕の場合、最初は月1回から始まって、何とか裁判所以外の所でも会えるようにと、妻と交渉しながら増やしている状態だ。その交渉がいつダメになるのか分からないので、弁護士に面会拡充調停をやりたいと言ったが、「裁判所としては月3回でも異例なので、確実に減らされることになる」と言われた。裁判所は「月に1回会えているからいいでしょ」とよく言うが、それはおかしいと思う。苦しんだし、子どもたちも苦しんでいた。まだ離婚はしていないが、同じ境遇の人たちは本当に会えていない。僕は面会や親権という言葉があまり好きではなく、親が子どもと生活する時間を奪われている、子どもが親と生活する時間を奪われているということだと思う。

赤石:会えていないから共同親権の導入を進めたいとおっしゃるが、それは目的と手段が違う。共同親権制度を作ったとしても、会うのは面会交流ということになるし、相手が合意しなければ共同親権にはならない。

私が子どもを連れて家を出たお母さん102人に調査をしたところ、原因の90%以上が身体的な暴力、それ以上に精神的な暴力だ。家を出ることを夫に口頭で伝えられた方は17%なのに対し、伝えられなかった方は4割もいらっしゃる。「精神的な暴力があったため、危険だったから」「確実に妨害されるから」「その時には異様に優しくされるが、あとで何倍にもなって仕返しされるから」「事前に離婚話をした時に自分への殺意をほのめかされ、夫に伝えたら身の安全を確保できないと思った」といった理由からだ。これは川井さんのことを言っているわけではなく、一般論としてだが、夫が「自分はちょっと揺すぶっただけだ」とおっしゃっても、妻としてはその1回だけでもものすごく怖くなり、従うしかないと感じたり、黙って家を出るしかないと思ったりしているケースが多い。

加えて、子育てはどちらが担っていたのかと聞くと、ほとんど妻が担っていたとおっしゃる。こういった場合に子どもを置いて出て行ったら、ネグレクト、育児放棄が起きてしまうので、やはり夫と距離を置きたいと思ったら、子どもを連れて出るしかないという事情を考えると、“連れ去り“、というよりは子連れでやむなく別居したんだと捉えていただきたい。

川井:ただ、データとしては赤石さんのものが全てではない。平成30年の裁判所のデータで、妻からの離婚訴訟のうちDVが理由だったのは21%だ。厚生労働省の平成28年のひとり親調査では、母子世帯の母親がDVを理由として面会を拒否しているのは1.2%。DVや虐待で辛い思いをしている人をしっかり守らなければといけないというのはよく分かるし、必要だが、基本的には子どものためにはどちらがいいのか、という視点で共同親権を訴えている。

赤石:それには共同親権を導入することではなく、安心安全に面会交流ができるような支援機関をたくさん作ればいい。お母さんが心を柔らかくするためには、まずそこからだ。そのことは川井さんも古賀さんも合意していただけると思う。それもなく、法改正で強制しようとするのは一つの暴力ということになる。

古賀:それは言い過ぎだと思う。面会交流ではなく、子育てがしたいということ。単独親権はDVから保護するための制度ではないので、DV加害者が単独親権を持ってしまう場合もある。

柴山:面会交流の有無と親権の有無は別の次元の話ではないかというのも論理的にはその通りだ。ただ、単独親権のもとでは、ともすると親権を持たない方の親と子どもの絆が希薄にさせられる傾向があるというのも一つの真理だと思う。

また、データによる違いはあれど、配偶者同士のDVがあることは事実だし、夫婦間の争いと子どもとの関係もリンクすることは多い。しかし、そこは分けて考えた方がいいと思う。私はDV法の改正にも関わっているが、基本的には配偶者に対する暴力をどうするかという問題だ。アメリカなどでは夫婦間の問題は夫婦間の問題として、子どもとの交流やそれ以外の事柄とは別に整理をしている。ところが日本においては、一方の親が子どもを連れ去ったということを既成事実化され、もう一方の親との関係が断絶してしまう。それを裁判所も追認するので、子どもとの関係がさらに希薄な形でしか実務上の取り扱いがなされない。他の国に比べ、この片方の当事者にとって厳しいという問題が、ハーグ条約との関係でも問題になっている。

千田:共同親権の議論が盛り上がる要因の一つに、目黒区の事件、野田市の事件など、様々な虐待事件が起きたことがあると思う。もあった。目黒の事件では、お母さんが“夫の合意がないと逃げられない“と思い込んだことによって逃げそびれた結果、結愛ちゃんが亡くなってしまった。また、今までの虐待事件の事例を見ていると、お母さんにも暴力を振るっていた、DVがあったということが多い。やはり子どもの虐待とDVは切り離せないというのが最近の学説だ。つまり、ファミリーバイオレンスの問題だと捉えなければならない。川井さんがそうだと言っているわけではないが、お母さんには暴力的だったが子どもにはとてもいい父親だった、ということは現実にはなかなかない。

だから柴山先生がおっしゃったことは家庭裁判所の論理そのものだ。平成24年に民法766条が改正されてから、原則、面会交流ということになったが、その時に「DVは考慮しない」と裁判所がはっきり言っている。「DVは夫婦間の問題であって、子どもには関係ない。あなたにとっては暴力的な夫だったかもしれないが、子どもにも直接暴力を振るったか?」と言って、会えるようにしている。

日本と違って、諸外国、特にアメリカでは身上監護と法的監護が別になっているが、身上監護については生まれ持っての親の権利という感覚がすごく強く、子どもがどの学校に行くのか、細かいところでは歯の矯正をするのかどうかといったところまで、いちいち合意が必要になってくるという側面がある。

日本で共同親権を求めている方たちが、子育てを半々でしたいということを考えてらっしゃるのか、それとも監護はお母さんがするが、進学などについては俺の意見を聞け、引っ越すときにもきちんと俺の許可を取れといったことを求めているのか、今の法律ではあまりはっきりしない。

古賀:男性の育児が推奨され、実際に担当することも増えている中で、一律に単独親権制を強制していることが問題だと思う。

赤石:先ほど紹介した調査でも、94%が家事はお母さんがやってらした。また、日本は9割が協議離婚で、単独親権でも非常に仲良く子どもを一緒に育てている方たちも結構いらっしゃる。紛争になっている方々には何らかの理由があると思うし、裁判を経由した場合は葛藤の多い状況があるケースだと思う。

古賀:連れ去ってしまうから葛藤が高まってしまうケースはある。その両方があることを前提にしないと話にならないと思う。

■裁判所、弁護士のあり方にも問題が

ここまでの議論を受け、視聴者からは

・本当にいい父親なら子どもがいつか連絡を取ってくる。それが待てないのはそれなりの親。
・子ども自身が会いに行くから単独親権のままでいい。
・裁判所は原則面会推進なのに会えないのは相応の理由がある。
・私が親の離婚を経験した状況からお話させて頂く。両親間には暴力があり、暴力は子どもの私にも及んだ。両親は離婚し、親権争いを経て、父が親権、母が監護権を持ち、共同親権に似た形になった。しかし、父の暴力を理由に面会交流を拒否した私の養育費は払われず、自分の将来の学費の捻出を心配した私が定時制高校に転校し、働こうとすると父は親権を使って転校を阻止し、私の学費を払う代わりに同居を持ちかけ、同居中に私を虐待した。そんな親に共同親権を与えれば、離婚によって避難したDVや虐待の被害者を再び暴力の中に連れ戻してしまう。
・私はDVの被害者。子どもは実の父親からの虐待被害者だ。そもそも共同親権に懸念を持つ多くの方が単独親権を支持しているわけではない。多くは暴力被害の当事者であり、共同親権導入時にそれらの問題への安全弁が確保されるのかを危惧している。

といった意見が寄せられた。

堀:僕も協議離婚しているが、非常に恵まれたケースだと思う。元妻が「困ったらあなたはパパに連絡するのよ」と子どもに言ってくれていたおかげで、何かあると僕のところに相談があって、一緒に考える。先日も、このスタジオに一緒に見学に来ることができた。元妻には感謝しているし、僕のようなケースがあるのも間違いないと実感する一方で、困っていらっしゃる方はたくさんいる。

そこで皆さんにもう少し聞いてみたいのが、調停員の方々のリソースが大変逼迫しているのではないかということと、時代に合った育成や研修ができているのかということ。また、裁判所は常に適切な判断ができているのだろうかという疑問だ。

千田:調停員の方も大変だし、家庭裁判所の人員が少ない中、養育費の不払いなどで訴え出ると、必ず言われるのが「面会交流をさせなさい」ということ。これで大体がこじれてしまう。私が聞いたケースでは、当初は夫の方が離婚に熱心ではなく、離婚が不可避になってから言い出したのが、「年間100日は面会させろ、そうでない限りは別れない」と言うことだった。DV離婚ではあったが、妻としては夫と子どもを会わせる気は満々だった。それでも、100日はとてもできないということで揉めた。子どもはそのプロセスでお父さんに無理に会わされたり、家裁調査官に調査されたりしたことでトラウマになってしまい、面会の度に寝込むようになってしまった。

おそらく裁判所を通さなければ、もっと自然な形で「パパに会おうかな」と思えたと思う。それなのに「毎月第1土曜日の10時から3時までは渋谷のどこどこで待合せをしなさい」などと言われると、子どもは疲れてしまったり、「会いたくない」と言い出したりして、お母さんも困ってしまう。

赤石さんもおっしゃったが人間関係を法律や裁判所が壊しているところがあると思う。人間関係を法律や裁判所が壊しているところがあると思う。裁判官としては調停を早くまとめていくことが人事評価に繋がってくる。だから弁護士のついていない人に対して「会わせんだよ!」「熱を出しても、体調が悪くても引っ張り出すんだ!」と怒鳴る。あるいは「あなたは精神的な暴力だと言うけど、離婚の半分以上は暴力なの。みんな歯を食いしばってやっている。なんであなたにできないの」と恫喝し、お母さんが「ああもう無理だ」と心に傷を負ってしまう。そういうケースを見ていると、むしろ自然に任せた方が良い関係が作れるのではないかと感じる。

古賀:その話はすごく共感する。もしかしたら目指すところは一緒なのかもしれないと思った。調停員の中にもよくやってくださる方もいるが、実は“運任せ“みたいなところもある。

共同養育はもちろん自己責任で選べることは選べるし、お子さんに会うのに毎月数万円の支援金を支援機関に払える人は曲がりなりにも交流を維持できる。芸能界でも共同養育を選ぶカップルがいるが、それは両方の親に収入があり、裕福だからお互いに尊重しあおうという結論出せる。しかし一般の方はどうか。お金がなく利用できない人との間に格差が拡大してしまうということになる。

柴山:調停で柔軟な結論が出ればそれでいいし、協議離婚の時にお互いにとって納得のいく定めができればいい。調停員は何がお互いの将来に向けた柔軟な手段なのかを探る、懐の深い判断をするのが調停員の役割だが、裁判は権利義務の確定を使命にしているし、裁判官は杓子定規に物事を定めるのが仕事。千田さんがおっしゃった通り、そもそも裁判でこういったことを処理するのが馴染むのかという問題はある。

2011年の民法改正では、私も野党議員として法務委員会で一生懸命質問をした。子どもの利益や福祉のことを考えた形で詳細な定めをしようということが盛り込まれたし、DVも深刻化していたので、親権の喪失だけではなく、最大2年間停止できるということもセットにして、より妥当な家族関係を作ろうという改正が実現した。ただ、その法の趣旨がきちんと浸透していない。

川井:民法766条に面会の話も盛り込まれ、画期的だと皆が喜んだ。しかし面会に関するガイドラインもないし、面会を拒否したとしても何も罰則もない。調停では婚姻費用は算定表でサクッと決まるのに、面会のことは何もない。

柴山:そこを追加で立法できないか、我々の議連が今やっている。

赤石:2011年以降、家裁が非常に変わってしまった。面前DVがあったと言っても「子どもに虐待はない」「子どもには関係ない」、モラルハラスメントがあったと言っても「面会交流を決めなさい」などと言われてしまう。だから面会交流支援団体を利用して、苦労しながらやっとの思いで面会しているのが実情だ。お母さんたちは苦労されている。

古賀:面会交流を含む共同養育、両親に愛されることは大切だという価値観が盛り込まれた2011年の民法改正は大きな節目だった。裁判所はやはり組織なので、最高裁からの通達で上から下へということで、家裁が変わってきているという手応えはある。話し合いをうまくするためにという、“親の教育“的な動画を配信したりしてもいる。だから色々な事由で会えていない人がいるという、こちらからの景色から見ると、赤石さんがおっしゃるような、面会交流を押し付けている、原則だ、強制だという表現には違和感がある。私も弁護士だが、問題なのは弁護士だ。

また、千田先生のおっしゃるように、あくまでも話し合いで、自然な関係で会うということを目指すために、調停をフルに活用するということはあるのかなと思う。

川井:ただ、同じ境遇の人に聞くと、「調停なんかやっても意味がない」という声が多い。調停員が説得しようとしても「絶対に会わせない」と。

パックン共同親権を推進したいという側の方も、DVや児童虐待のケースを踏まえて、お母さん、お子さんを守る法律はもちろん必要だと考えているはずだ。DVした方は親権を制限してもいいとか、そのくらいの思いで臨んでいるのか。

川井:旦那にDVを受け、子どもを連れて逃げられてしまい、お母さんの側が子どもと会えなくなっている現状もあるから。

柴山:共同親権に一歩近づいた代わりに、それに値しないような人には部分的な親権すら享受できないということは2011年の法改正でやっている。

古賀:親権喪失は重いので、“停止“を導入した。それを活用するのが大切なことだと思う。利用した。それを活用するのが大切なことだと思う。「離婚すれば良かったではないか」というのが思い込みだ。“婚姻中は共同親権、離婚すると単独親権“と、両親が婚姻しているかどうかに紐付けているのでそういう発想になるが、夫婦のことは置いておいて、不適切なことをした時点で親権喪失・停止を活用すればいいという発想があればいい。私も目黒の事件は重く受け止めていて、何度も親権停止、親権喪失のチャンスがあった。何となく親権停止はハードルが高いという思い込みがあるが、弁護士たちも、親子のことだけを適切に解決することをもっと学ばないといけない。

パックン:一方で、赤石さんや千田さんの立場としては、川井さんのような親については共同親権の選択肢を認めてもいいという考えはあるのか。

赤石:その前にやるべきこととして、面会交流の支援があると思う。今はそれが全くなく、放置状態だ。お母さんはお金がないので法テラスに相談する。法テラスの弁護士さんは早く進めて欲しいので「大丈夫だよ。決めても会わなくてもいいんだ」と言い、面会交流を決めてしまう。しかし、実現のための手伝いがない。気が進まない子どもを引っ張っていけば嫌がるし、お母さんも段々嫌になってしまう。それで困って家裁に申し立てをするので、家裁が混み合ってしまう。全国にDVに理解のある面会交流支援機関がないので、国はここに投資すべきだ。お金を投じないとこの問題は解決しない。

川井:共同親権と単独親権のどちらがいいかという議論ではないと思っている。子どもたちにとっては、離婚してようが何をしようが平等だ。お父さんとお母さんがいて、それを一方に奪われてしまう。DVがあるという特別な場合や、そうでない場合だけでなく、離婚後にお父さんが家族を捨てて近寄らない場合もある。それが簡単にできてしまう。子どもたちにとっては、お父さん、お母さんを奪ってしまう制度なので、子どもに危害を加える人をちゃんと選別し、排除する共同親権の仕組みをどうやって構築するかという話だと思う。

千田:会う・会わないは親権の問題だと思う。

川井:子どもたちにとってはどっちが良いのか。

千田:それはケースバイケースだ。単独親権でなくすまでに、社会にはやるべきことがたくさんあると思う。ヨーロッパでは離婚するまで2年間、3年間の熟慮期間を設けている。離婚を簡単にできなくする。そして全ての離婚について家庭裁判所を通す。ソーシャルワーカーが常に見張っていて、不適切だと思う家庭があれば、過剰に介入して里子に出すこともできる。

古賀:それは共同親権だからできることでではないか。自己責任の単独親権を放置しているから、いつまでたっても支援が充実しないのではないか。

■機能していない「親権喪失」「親権停止」

番組には、さらに

・暴力と支配の中、子を連れて逃げるという選択肢をなくさないで欲しい
・小さな家庭内で起こる暴力や虐待は子どもの心を殺す。そういう所から逃げる選択肢を奪わないでほしい
共同親権を導入しなくても面会ができている家庭とそうではない家庭のことを考えてほしい
・日本は単独親権の独断で、子どもにまったく会えなくなる。会えても月に1回、2時間だ
・単独親権制度のもとでの面会交流DVもある。子どもに会いたいなら俺の機嫌を取れという関係。こうやって離婚してもDV支配下から逃げ出せない母親もいる。共同親権にしてその格差をなくさないといけない

といった意見も寄せられた。

柴山:日本はかつて家父長制度が取られていたので、家を代表するのはお父さんで、子どもの身上監護、財産監護についても握っているという考えが色濃く残っていた。しかし夫婦は平等なので、離婚した後はどちらかが子どもの監護を行えばいいということで、お母さんにも親権が認められるようになった。様々な経緯がある中で、確かに単独親権にした方が法律関係はすっきりする。共同親権で一番の問題は、仲良くできなかった二人が離婚後も共同で子どもに対して色々なことをするのは難しいのではないか、ということだ。しかし、これだけ多くの国が問題を抱えながらも乗り越えているのだから、日本でもできると思う。

堀:児童相談所の問題も含め、人員的にも現場が逼迫する中、日本で共同親権が導入された場合、どのようなサポートが作られるのだろうか、そこが気になる。

古賀:地域によって格差はあるが、関東圏でいえば複数の支援機関が存在している。実績、ノウハウもあるので、それを行政も拾っていってやることが考えられる。

柴山:我々が超党派の議員立法で進めようとしているのは、共同親権か単独親権か、という神学論争はもうやめて、子どもにとって何が最善なのかということで、共同養育をキーワードにしている。お父さん、お母さんがどうやったら無理なく互いに関われるか、議論を進めている。そして、共同親権は将来的な課題として議論しようという立法にして、堀さんがおっしゃるような、国や地方公共団体のサポートのための責務や、赤石さんがおっしゃるような、民間団体でそういうことができる方を育てていくというものを準備している。

平石:身体的・精神的DVが原因だという人も多い中、それを防ぐ方法が担保されないまま一足飛びに共同親権になってしまうと、今の生活の安定が脅かされる人がいるという危惧もあるのではないか。

柴山:一方にとっては安定しているかもしれないが、愛する子どもに突然面会できなくなった人にとっては安定していない。そこは取り持つことが必要だ。

川井:会いたいというのは、親目線ではなく、子ども目線の話だ。子どもは同居している母親に気を使って、「(父親に)会いたい」とは言えない。僕の場合、初めて面会できた時、下の子は「パパとママ、仲直りしてよ」と手を掴んで握手させようとした。子どもは両方の親が好きなのに、単独親権はそれを奪う制度だ。

千田:元の家族に戻りたいという子どもは多いと思う。しかし、やっぱりもう元には戻れないということも納得してもらわないといけない。

川井:もとに戻れる支援をもっと作っていくべきだ。

千田:それはちょっと復縁のように考えられる。身体的なDVではなく、精神的なDVもあるのが、日本ではそれが認められにくい。妻が怖がっている場合もある。

パックン:ただ、離婚の100%がDVによるものではないし、極端なケースによって、それ意外のケースの人たちの権利が奪われてしまうのではないかと感じる。僕もお父さんだから、想像すると…。

柴山:アメリカなどでは、子どもを一方的に連れ去る行為を拉致と同じ「アブダクション」としている。国際結婚がこれから増えていく中、日本でも、きちんと取り戻すための法制度を進める。一方で、単純に取り戻せばいいかというと、子どもの利益もしっかりと考えないといけないし、子ども目線でも夫婦間のことを考えないといけない。2011年の民法改正にせよ、2014年のハーグ条約の国内法にせよ、段々きめ細かい法律になってきていることは事実だと考えている。

川井:「子どもの権利条約」では「親子不分離」の権利が保障されている。いわば親を失わない権利だ。日本はこれを批准しているのに、なぜ変えてくれないのか。

古賀:世界が共同親権なのは、子どもの権利を考えているからだ。直接的な面会交流も子どもの権利条約で定めているので、批准している日本も定めるべきだ。

千田:親が監獄に入れられたり、難民の親子が引き離されたりしてしまうのはやっぱり良くないと思う。柴山先生が「子どもの利益」、ということをおっしゃった。民法766条にそれが書かれているが、機械的に両親が揃うということが本当に子どもの利益なのか。この子にとっての利益はこういうものだと、もっと個別に見ていく必要がある。

古賀:それが今の単独親権制で実現していているかということだ。

パックン:「この子の幸せを考えると、何かあった時にはお互いに話し合えるような強い関係を保ちあったまま離婚したいです」という夫婦もいると思う。極端なことを言うと、例えば、協議の上で両親が判子をつかなければ認められないという条件なら、共同親権を選択肢として加えてもいいか。それでも共同親権はアウトだと思うのか。

赤石:やはり日本にはまだ家父長的な文化がある。沖縄にある私たちの姉妹団体では、跡継ぎを確保したいという理由で「会わせろ」と言われることがあるし、DVがあっても親族が絡め取って面会を強制する場合がある。そこに共同親権という道具を与えてしまうことで、情報を持たない、弱い立場のお母さんたちが離婚時に説得され、何となくOKしてしまうことになる。

古賀:それは話が違うのではないか。

川井:DVは幅が広いのに、一緒くたにされている。本当に危険な場合もあれば、僕の仲間には「そんなのDVではないでしょ」というのもある。

赤石:それはあなたたちの目から見ているからだ。

番組では放送時間を延長したが、共同親権と単独親権を巡る様々な論点は尽きることはなかった。法務省は27日、専門家による議論を年内にも始めることを明らかにしている。(AbemaTV/『AbemaPrime』より)

3週間前