欧州連合(EU)26カ国の駐日大使は昨年3月、日本で離婚した加盟国出身の親が子供と面会できないケースがあるとして、子供の権利に注意を払うよう求める書面を当時の上川陽子法相に出した。米国務省は同年5月、国際結婚破綻(はたん)時の子供の連れ去りに関する年次報告で、日本を、離婚などで国境を越えて連れ去られた子供の取り扱いを定めたハーグ条約の「不履行国」に認定。今年は撤回したものの、「引き続き強く懸念する」とした。
離婚後の親子関係をめぐり、日本へ働きかけをしたのはEUや米国だけではない。
国連の「子どもの権利委員会」は今年2月、日本政府に対し、外国籍の親も含め離婚後の共同養育を認める法改正や別居親との接触を続ける方策を実現するよう求めた。
日本で生活中に子供を連れ去られたイタリア人とフランス人の父親は昨年12月、海外からの批判が高まっているのは「裁判官の責任」とする公開質問状を最高裁長官に提出。ハーグ条約などよりも、同居親を優先する「監護の継続性」を重視して連れ去りを実行した親に親権を与える判決は不当だと訴えた。
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国際結婚の増加に伴い、どちらかが外国籍を持つ父母間のトラブルも増加している。両親の離婚後、「単独親権」をとるのは先進国では日本のみで、「共同親権」を前提とする外国籍の親が子供に会えなくなった際の困惑が、近年こうした形で表面化してきている。
米ワシントン州に住む米国人男性(52)は、2008年に日本人の元妻と米国で離婚。州の裁判所で、男性が当時4歳の息子と同居する監護者となることや、合意しない限り転居しないことなどを明記した養育計画を定めた。
ところが元妻は10年、領事事務所に息子の旅券を紛失したとする虚偽の申請を行い、不正に旅券を取得して息子と日本に帰国。富山家裁に、息子が既に日本の生活になじんでいるとして自身を監護者に指定するよう求める審判を起こした。
男性は突然の事態に驚き、息子の引き渡しを求める審判を家裁に提起。家裁は、元妻を監護者に認めなかったが、同時に「(息子の)現在の平穏な生活を奪う」などとして男性に引き渡すことも認めなかった。
男性は「決定は、元妻の違法行為を支持していると言わざるを得ない」として名古屋高裁金沢支部に抗告したが、棄却された。
息子に会えないままワシントンに暮らす男性は「日本の制度は子の発達よりも同居親の希望を最優先している」と嘆く。
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国境を越えた子供をめぐるトラブルが複雑化するのは日本人同士でも同様だ。
元夫の仕事の都合で家族でタイで暮らしていた女性(39)は、離婚した15年に家を出るよう元夫に迫られ、2人の子供と引き離された。女性が養育するとの約束だったが、「親権者は便宜上、僕にする」などと言われて元夫にしていた。激高しがちな元夫に逆らえず、ひとりで日本に帰った。その時はまだ、子供と会う機会は設けてもらえるはずだと考えていた。
しかし相手の住所が国内にない限り、日本の裁判所に救済を求めることはできない。弁護士を通じて交渉したり、タイの裁判所に調停を申し立てたりしても親権を変更することはできなかった。夫が帰国したのを受けて女性は日本で調停に踏み切ったが、既に子供との別居から約4年。親権はあきらめ、今は調停で得た年に2回の面会と電話での間接的面会交流の決定に自身を納得させている。
女性が最後に子供と面会できたのは昨年末。幼かった2人は大人びていた。なぜ別居しているかは「大人同士の争いに巻き込みたくない」ため説明できていない。女性は「健康に成長していることが確認できて最低限よかったと思うようになった。これから『ママは2人を見捨てたんじゃない。ずっと愛していたよ』と伝えていきたい」と話す。
単独親権制度の見直しを検討している法務省は現在、世界24カ国の親権制度の実態を調査している。担当者は「単独親権か共同親権かという形式だけでなく、制度の運用や制裁、それらのメリット・デメリットなどを幅広く調べたい」としており、日本での課題に、どのような制度が有効か検討する方針だ。
離婚後の子供をめぐるトラブルは後を絶たない。子供の養育環境を最優先に、新たな制度の実現が求められている。
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■ハーグ条約 一方の親がもう一方の親の同意を得ることなく、子を国外へ連れ出すケースに対応するため1980年に制定された国際ルール。国際結婚の増加に伴う子供の連れ去り問題に対応するため日本も締結し、2014年4月に発効。16歳未満の子が対象で、原則として元の居住国へ返還するとしている。
=この連載は加藤園子が担当しました。