橋下徹「親権問題を解決する唯一の方法」

https://president.jp/articles/-/29056?page=3

橋下徹「親権問題を解決する唯一の方法」

“単独親権”にこだわる人の落とし穴

政治・社会 2019.6.26 #人間関係 #離婚

離婚後の「共同親権」を日本にも導入すべきかどうか。ネット上で白熱した議論が続いているが、着地点が見えないのは、論者たちが見落としている大事なことがあるからだと橋下徹氏は指摘する。プレジデント社の公式メールマガジン「橋下徹の『問題解決の授業』」(6月25日配信)から抜粋記事をお届けします。

(略)

離婚後、子供に会わせてもらえない父親たちを救うには

※写真はイメージです。(写真=iStock.com/itakayuki)

現在は、離婚すると、父または母のいずれか一方が子供の親権を持つ。これを単独親権と言う。離婚してしまうと、お父さんとお母さんで親権を共同行使することができなくなってしまうのが今の日本の法制度だ。

これに対して、離婚後も両親が、共同で親権を行使するような制度に改めるべきだという主張が出てきた。これが共同親権。

単独親権のままで行くべきか、それとも共同親権に変えるべきか、この議論が一部ネットの中では白熱している。

単独親権派は、憲法学者の木村草太氏や、子育て支援等に力を入れている社会起業家の駒崎弘樹氏など。その理由の中心は、両親にDV(ドメスティックバイオレンス=家庭内暴力)問題があり、例えば、夫の暴力に苦しめられた妻が離婚後子供と暮らしているケースにおいて、共同親権になってしまうと暴力元夫と元妻が引き続き連絡を取らざるを得なくなってしまうので、それはダメだというもの。

対する共同親権派は、衆議院議員の長島昭久氏。僕自身、彼の主張を明確に聞いたことはないが、共同親権派が主張する柱は、離婚後、子供と暮らしていない親(多くは父親)が、子供に面会しようとしても断られることが多いので、それを防ぐためというもの。

この共同親権派の主張に対して、単独親権派は、共同親権となっても、子供と暮らしている親側が面会を拒むと、強制する方法がないので、共同親権にすることは無意味だという。確かに共同親権となったところで、現在の法制度では面会を強制執行することはできない。

「大混乱」の理由は抽象的に論じているから

この単独親権か共同親権かの議論が大混乱しているのは、単独親権や共同親権というものが抽象的に論じられているからだ。

まず法律上の親権の中身は

【財産管理権】
(1)包括的な財産の管理権
(2)子どもの法律行為に対する同意権(民法5条)

【身上監護権】
(1) 身分行為の代理権
子どもが身分法上の行為を行うにあたっての親の同意・代理権(同737条、775条、787条、804条)
(2)居所指定権
親が子どもの居所を指定する権利(同821条)
(3)懲戒権
子どもに対して親が懲戒・しつけをする権利(同822条)
(4)職業許可権
子どもが職業を営むにあたって親がその職業を許可する権利(同823条)

というものであって、はっきり言って、一般的に想像する親の権利としては、たいして意味のないものである。普通に親をしていて、この法律上の親権を意識することなど、まずない。

離婚した親で、子供の親権が欲しいと言う者は、上記の中身の親権がどうしても欲しいというよりも、これまでの子供との関係、コミュニケーションをできる限り維持したいと願っているだけである。

そして、子供が成長するにつれて、子供の日常生活において親権者の同意が事実上求められることが多くなってくる。法律上の親権を行使するという大げさなものではないが、実社会が子供のことで親権者に相談、同意を求めてくることが子育て過程において実に多い。

離婚をし、子供と一緒に暮らさないけれども、子育てにおけるそのような関与を持ち続けたいと強く願う親、特に父親が多くなってきた。これはある意味、社会が変化してきたということである。

(略)

単独親権がそのまま受け入れられた時代は、離婚後はお母さんが子供を育て、お父さんは養育費を払い、たまに子供と面会するという形に多くの人が納得していた。もちろんお父さんが子育てする例もあるが、少数であった。しかし、今の時代は、子育てに関与する親の気持ち、特に父親の気持ちが大きく変わり、共同親権の必要性が高まってきた。

単独親権派は、両親のDVの問題を取り上げて共同親権を否定する。確かにそれは問題だが、ではDV問題がない両親の場合にはどうなのか?

木村さんや駒崎さんは、自分の考える問題事例の視点のみで共同親権を否定するが、それはまさに具体的事例の想定、立法事実の検証が弱い。

また共同親権派も、かつてと同じ面会保障という目的だけを主張し続けるから説得力が弱い。

そうじゃない。共同親権の狙いは、お父さんが子育てに積極的に関与したいという社会の変化に対応するものなんだ。そして法律上の親権の内容はたいしたものじゃないが、社会は子供の成長過程において親権者に多くのことを相談し、同意を求める。そこに離婚後のお父さんが関与していきたいと強く願っていることにきっちりと応えようというのが、共同親権の新しい狙いだ。単なる面会保障ではない。共同親権派はここを強く主張しなければならない。

イデオロギーにこだわると見えなくなること

では解決策はどうすべきか?

単独親権と共同親権の選択制にすればいいだけだ。

両親にDV問題があり、元夫、元妻の連絡を断絶しなければならない場合には単独親権にする。そのようなDV問題がない場合には、共同親権にする。DV問題がなくても、単独親権でいいという夫婦においては、単独親権にする。

このように具体的事例を想定して、そのケースに相応しい制度を用意すればいいだけだ。あとは選択の問題である。

単独親権は、その制度でもあまり問題が生じない時代ではそれでよかった。しかし時代が変わり、共同親権にしなければならない社会的要請が強まったのであれば、共同親権も用意すべきだ。単独親権がいいのか、共同親権がいいのかを二者択一的に抽象的に論じるのではなく、両方用意した上で、当該ケースにおいては、どちらが相応しいのかを選択すればいい。

木村さんや駒崎さんが心配する事例のときには、単独親権にすればいい。しかしそのような懸念がなく、子供と一緒に暮らしはしないが、離婚後も子育てには積極的にかかわりたいと思っているお父さんにも絶対に共同親権を認めないという理由は何なのか?

木村さんと駒崎さんは、自分のイデオロギーである単独親権にこだわり過ぎたがゆえに、具体的事例の想定と立法事実の検証が不十分となってしまった。つまり、本当に共同親権が必要であるお父さんの事例を見落としてしまった。お父さんも積極的に子育てに関与すべきだ! と強く主張している駒崎さんなのに、離婚後に親権がなければ、子育てに強く関与できなくなるお父さんの現実を見落としてしまっている。

子育てに積極的にかかわっている駒崎さんだからこそ、もし自分がDV以外のやむを得ない事情で離婚してしまったときのことを考えて欲しい。そして裁判所が奥さんを親権者として定めたときのことを考えて欲しい。

駒崎さんは、きっとこう言うだろう。「父親の権利を認めろ! 共同親権にしろ!」とね。

(略)

(ここまでリード文を除き約2600字、メールマガジン全文は約1万8000字です)

2週間前