娘に会えないのはなぜ?子どものために離婚をしない40歳母の苦悩

 ライターの上條まゆみさんは、長年結婚や離婚の取材をしてきた。結婚と離婚は本人同士の繊細な問題だ。第三者が「どちらが正しい」と簡単に言い切ることは難しいいだろう。

そんな中、上條さんが多く出会ったのは「子どもがいる」ことで離婚に踏み切れなかったり、つらさを抱えていたりする人の多さだ。そこからどうやったら光が見えるのかを探るために、具体的な例をルポしていく。

今回は「子どものために離婚をしない」という千賀子さん(仮名・40歳)。

あざになるまで殴られた夜のこと

 「あの日、夫はいきなり激昂し、私の肩や背中をグーで殴りつけました。そして、玄関から私と娘を追い出しました」

黒いタイトスカートに黒タイツ、歩きやすそうなウオーキングシューズ、といういでたちで、峰千賀子さん(仮名・40歳)は待ち合わせ場所に現れた。肩までの長さの黒髪のボブヘアにべっ甲縁のメガネ、化粧も薄く、真面目そうな印象である。千賀子さんは、3年半前のできごとを淡々と語った。

「日にちまではっきり覚えています。忘れもしない、晩秋の夜。私は夫と、保育園児だった娘と3人で夕ごはんを食べていました。そうしたら、夫が『2人目の子どもが欲しい』と口にしました。私は『うーん……』と渋りました。それが気に入らなかったみたい。なんだ! 俺の言うことが聞けないのか! と怒鳴り始めたのです」

夫が手をあげたのは、それが初めてではない。肉体的な暴力は年に1~2回だったが、言葉の暴力は日常茶飯事。正社員の仕事を辞め、派遣社員として働いていた千賀子さんを「お前は仕事も家事も育児もできないダメ人間だ」と罵る。

寒空に叩き出された千賀子さん母娘は、とりあえず近くのビジネスホテルに宿を取った。翌朝、区役所に相談に行き、あざのできた肩を見せると、すぐさま別居を勧められた。

預金を下ろして娘との「生活」

 「数日後、荷物を取りに行くためにいったん、家に戻りました。そうしたら、夫が大声で『なぜ戻ってきた! 』と。怖がって私に抱きついた娘を夫は引き離そうとしましたが、私は必死で抱っこして、そのまま裸足で逃げ出しました」

警察に電話して、出向いて説得してもらい、千賀子さんと娘のコートとバッグ、靴だけは取り戻した。しかし、着替えや身のまわりのもの、貯金通帳など大事なものは持ち出せなかった。

手持ちのキャッシュカードで引き出せたお金は、80万円ほど。家賃5万5千円の小さな部屋を借り、娘と2人で暮らし始めた。まずは落ち着いたかと思いきや、悲劇はここからだった。

ひと月ほど経ち、千賀子さんの元に書面が届いた。離婚については触れられておらず、とりあえず娘の生活費として月8万円を払う、その代わり、娘に会わせてほしい、と書いてあった。

「夫は娘を可愛がっていたし、私も娘から父親を奪うつもりはなかった。だから、その提案を受け入れました。話し合いの末、平日は私の家、土日は父親の家で過ごさせることにしたのです」

しかし、約束はほんの数回目で破られた。父親と週末を過ごした娘を千賀子さんが迎えに行くと、2人は約束の場所に来なかった。

監護権があっても引き渡しを要求できない?

 「娘を返して!」「返さない!」、夫婦の闘いが始まった。らちが明かないので、千賀子さんはついに家裁に申し立てた。1年半にも及ぶ審判の末、娘の監護権は母親である千賀子さんに指定された。

しかし夫は、娘を引き渡そうとしない。

「裁判所に『子の引き渡しの強制執行』を申し立て、執行官が家に行って説得しましたが、どうしても応じず失敗。その後、弁護士と相談し、『間接執行』および『人身保護』を検討しましたが、財産を差し押さえることで相手が逆上する可能性があること、そもそも子どもをモノのように無理やり引き離すのは娘にとって残酷なことになりかねないことから、諦めました」

子の引き渡しの「強制執行」とは、裁判所の執行官が、子どもが現在居住する場所に出向き、子どもを説得して引き渡しを実現させること。「間接執行」とは、履行しない親に対し,間接強制金の支払を命じること。間接強制金を支払わない場合は,財産の差し押えもすることができる。

娘のためを思うからこそ、千賀子さんは手を引っ込めた。

こっそり小学校に会いに行く

 以来、3年半。娘は父親と暮らしながら保育園を卒園し、小学校に入学し、今は小学2年生である。夫が会わせようとしないので、千賀子さんはこっそり学校に会いに行く。

「行くと娘は喜んで、私に甘えて離れません。でも、その反面、私に会ったことが父親に知れるのをとても恐れているようです。子どもにも生存本能がありますから、今、娘は父親と離れたら生きていけないと思い込んでいるんですね。一緒に暮らしていたころ、家の中での私の立場が弱かったことも影響しているのかもしれません。私とは校門から一歩も出ようとしない。小汚い格好をしているので気になって、服を買って渡しても、家には持って帰らない。あげた文房具も捨ててしまっているようです」

そんな切ない状況ではあるのだが、千賀子さんは希望を捨てていない。

「もう少し大きくなって、いろいろなことが理解できるようになったら、自分の意思で私のところに来てくれるのではないかと思っています」

娘をはさんで、こじれにこじれた夫婦関係。しかし、千賀子さんと夫は、まだ離婚していない。というのも、離婚となると財産分与をせねばならず、千賀子さん曰く「ケチな」夫は、それが嫌。千賀子さんは、娘の親権が法的に奪われてしまうのが嫌。妙な形で利害関係が一致した。

「日本の裁判所は原則、現状維持を優先しますから……。離婚していない今なら、娘の親権者は父母なので、私も学校に堂々と会いに行けるんです」

なぜ夫婦関係はこじれたのか

 千賀子さんと夫は、千賀子さん25歳、夫が34歳のときに職場で知り合った。交際3年で、夫が転職し上京するのを機に籍を入れた。

「頭がよくて仕事ができて、頼り甲斐があるところに惹かれました。実際、私が言うことを聞いてさえいれば優しい人でした。旅行が好きで、いろいろなところに連れて行ってくれたりもしました」

東京で千賀子さんも仕事を見つけ、共働きを続けた。4年経ち、「そろそろ」と思い、子どもをつくった。

「切迫流産となり、仕事は辞めざるを得ませんでした。娘が1歳半になって保育園に入れ、正社員として働き始めましたが、仕事がハードで不規則だったため子育てとの両立が叶わず、その職場は辞めました」

その後、派遣社員として働き始めたが、子どもの送迎もあり、長い時間は働けない。当然、以前に比べると収入は減った。もともと夫の半分くらいだった収入が、3分の1以下になった。

「子どもが生まれる前は夫が家賃、私が生活費を負担していたのですが、うまく回らなくなりました。子どもも生まれたことだし、少し生活費を負担してもらえないかと頼んだら、ものすごく嫌な顔をしました。夫は母子家庭で苦労して育ってきたためか、お金にはうるさいんです」

夫に意見をすることができなくなった

 お金をめぐる諍いが増え、夫は千賀子さんを「ダメ人間」と罵るようになった。千賀子さん自身、収入が減ってしまった自分に自信がもてず、夫の言うとおり自分は「ダメ人間」なのだと思い込んだ。気持ちが萎縮し、夫に意見が言えなくなった。

「思ったことも口に出さず、ため込んでしまうようになりました。余計な争いを避けたい一心でしたが、今思えば、問題を先送りしていただけのような気がします」

そんななか、夫の提案でマンションを購入。千賀子さんの貯金も全部吐き出した。自分のお金がなくなった、それが千賀子さんを不安にさせた。そこでの、夫の「2人目が欲しい」発言だった。

「日々、経済力がないことでの無力感を味わわされていましたから、妊娠・出産で職を失う可能性を考えると、とても素直に頷けませんでした。夫はふだん従順だった私の内なる反抗心に気づいて、腹が立ったんでしょう」

家族に恵まれなかった人ほど、自分のつくる家族に固執する傾向があるそうだ。妻(夫)や子どもを支配し、囲い込み、自分の王国を築くことで安心を得ようとするのだろう。王国の中で可愛らしく飼われている限り大事にするが、外の世界に少しでも興味を示そうものなら容赦はしない。――そんなパターンを、私はこれまでいくつも見聞きしてきた。

不仲な両親の元に育ち、成人してから20数年、実家とは疎遠だという千賀子さんの夫も、もしかしたら……。本人は「愛している」つもりだったのだろうが。

「夫も私ではなくて、もっと素直な女性とだったらうまくいっていたのかな、とも思います。私はおとなしそうに見えますが、実は芯が強くて頑固。そんな私の一面が見えるたび、夫は不安になって、力で押さえつけようとしたのかもしれません」

少しでも前に進むために

 今、千賀子さんは最初に借りたアパートを引き払い、同じ市内のワンルームマンションに暮らしている。いつでも娘を迎えられるように、まずは住まいを確保しようと、ローンを組んで自力で買った。築50年を過ぎているから、400万円と格安だった。

「こうして家を自分で買って、私にもこんなことができるんだ、ってすごく自信がつきました。今、お給料は多くはないけれど、節約しながらも普通に生活して、好きな習いごともして、娘のために月2万円ずつ貯金もしています。私、全然、ダメ人間なんかじゃないって」

ちなみに、その貯金のことを娘に話したら、「ちょっと驚いて、それから安心したような表情を見せました。弱々しいと思っていた母親が、実はそうでもないことに気づき始めたようです」

今、夫は、娘を必死で囲い込んでいる。王国から飛び出した千賀子さんを支配するには、それしか方法がないのだろう。しかし、もはやそれに屈する千賀子さんではない。

「娘のことは、弁護士さんに相談中。娘にとって、いちばんよい方法を探っているところです」

子どもの親権をもつのが誰であるとよいのかは、それぞれの環境で変わる。虐待などの犯罪行為がある場合をのぞき、明確な回答はないとも言える。ただ私が分かるのは、千賀子さんが娘のことを考えたからこそ強引に父親と引き離さなかった、「想いがある母親」であるということだ。

いま、千賀子さんは全部自分で考えて、全部自分で決めている。夫と暮らしていたころには、していなかったことだ。娘と引き離されるという辛さを抱えながらも、千賀子さんは決してあきらめず、自分で未来を切り開こうとしている。千賀子さんは微笑んで、最後にこう言った。

「今、自分の人生を歩いている充実を感じています」

上條 まゆみ

4週間前