「男性差別」はあるのか?(後)

「平等よりも伝統」

「お金を稼ぐことは伝統的に男性の役割でした。婚姻費用や養育費についても、女性が男性に求めてきた。男性が養育権を主張し女性に経済負担を求めることに反発する心情の背景にあるのは、実は平等よりも伝統」と批判するのは「男性差別」に関する研究書を日本に翻訳・紹介する久米泰介さん。「平等を求めてきた女性たちが、親権の問題になると途端に男女平等は無理という。子育ては伝統的に女性が強い。そういう領域に限って保守的になるのはご都合主義」と手厳しい。

「Men Too」

対して久米さんは自身を「マスキュリスト」と呼ぶ。「フェミニズムの理論を男性の側に適用し、伝統的な性役割の維持を男性の側から批判する運動」をマスキュリズムという。久米さんは「Me Too」ならぬ「Men Too」を強調する。「女性の被害を救って意図的に男性の性被害を受け入れない。男の性被害も訴えられるようにすべき」だというのだ。逆に、痴漢やDVで冤罪が起きる背景について、「合理性は男の価値感で女の感情を無視しているとフェミニストは推定無罪の原則を無視する。ところが、相手が男だと人権として扱わないのはおかしい」と憤る。

久米さんが2014年にアメリカから日本に紹介した『男性権力の神話』(ワレン・ファレル著、1993年)は、マスキュリズムの「教科書」として世界的なベストセラーになったが、日本では黙殺されている。「世の中は『男性が支配している』という言説は根強い。だから男性差別は女性差別の副作用としか語られない」と久米さんは不満顔だ。「実際には男が不利な理屈なのに、男が支配者なんておかしい」。

映画「レッドピル」

今年、アメリカの男性の権利運動を描いた映画「レッドピル」の自主上映会が東京と京都で開かれた。映画では「女は割を食っている」と考えてきた女性監督のキャシー・ジェイが、自分のフェミニストとしての信念に疑問を募らせて悩む場面が出てくる。いったいどこが男性不利の社会なのか。

「例えば日本でも男性の自殺者は女性の2・3倍、平均寿命は男性のほうが女性より6歳短い。ファレルはこういった男女差は、男性に不利に働く社会的要因があるからと問いかけました。日米とも100年前の平均寿命の差は1歳しかなく、状況は共通しています」(久米さん)。

現在、社会の様々な場面で女性枠の設置が争点になっている。「政治家やマスコミ、法曹など、社会的影響力のある領域で女性はアファーマティブアクションを求めてきました。しかし兵役、土木や建設の現場など危険な仕事は男性が担い、野宿者や自殺者の割合も男性が圧倒的です。アメリカでは大学・院での進学率はすでに女性が上回っていますが、それを『女性が優秀だから』と放置するのはご都合主義です」と女性からしか語られない男女平等の問題点を指摘する。「伝統的な性役割では、もともと男性差別も根付いていた。その中から女性差別だけが解消に向かった」というのだ。

フェミニズム vs 平等主義者

「日本ではフェミニズムは進歩的、保守派は男女平等を無視すると考えられていますが、アメリカでは平等主義者はフェミニズムを名乗らなくなってきています。平等主義者の一部である男性の権利運動の側からすれば、保守派もフェミニズムも同じグループに属していることになる」と新しい視点を提供する。

アメリカでも女性のDV被害の割合のほうが男性より高い。しかし全米2000のシェルターのうち男性が入れるシェルターはわずか1カ所。この不当な格差を映画で示したジェイ監督も、これを「男性差別」と認めざるをえなかった。日本でも、DVの被害は女性が3人に1人に対し男性は5人に1人。割合の差に比べて男性の入れるシェルターを公然と掲げているのは、日本家族再生センターだけだ。

男性が女性からの被害を訴えると「そのくらいひどいことしたんでしょう」と言われて無視されがちだ。「言われた男性はよけい傷つく。男女平等のためには、男性の被害の訴えにも真剣に耳を傾けていくべきです」(久米さん)。「男の泣き言」に平等に耳を傾けることは真の男女に近づくための第一歩だ。
(宗像 充、2019年2月12日)

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