「夫婦をやめても親子をやめたわけではない」 共同親権求める父親、最高裁で違憲訴訟 

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「夫婦をやめても親子をやめたわけではない」 共同親権求める父親、最高裁で違憲訴訟 
単独親権は違憲であると訴えた裁判の原告代理人を務める作花知志弁護士

日本では、子どものいる夫婦が離婚した場合、父親か母親のうちどちらかが親権を持つ「単独親権」となることが、民法819条によって定められている。しかし、この単独親権のあり方を違憲だとして共同親権を求めている裁判で、原告の父親が10月、最高裁に上告した。

上告したのは、妻と離婚訴訟中の40代男性。この裁判は、男性が子ども2人の親権を主張して提訴するも、一審の東京家裁に続き、二審の東京高裁でも敗訴。二審からは、離婚後の共同親権を求めて争っている。

男性の代理人を務めるのは、2015年12月に最高裁で女性の再婚禁止期間の違憲判決を勝ち取った岡山市の作花知志弁護士。どのような主張なのか、ポイントを聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)

●「夫婦だった親の間で、差別的な取り扱い」

原告側が最高裁で訴えているのは、主に2点ある。1点目は、妻側の単独親権を認める判決は違憲であるという主張。離婚後の単独親権を定めた民法819条2項は、「夫婦であった親の間で、合理的な理由のない差別的取り扱いを行うもの」として、法の下の平等を定めた憲法14条1項に違反、無効であるとする。また、家庭生活における両性の本質的平等を定めた憲法24条2項にも違反すると訴えている。

2点目は、妻側の単独親権を認める判決は、最高裁判例に違反すると指摘している。最高裁は2013年9月、非嫡出子の相続分が嫡出子の相続分の半分とされていた民法の規定について、憲法14条1項に違反すると判断した。これは、「子が自ら選び、正せない事柄を理由に不利益を及ぼすことは許されない」ことを理由としており、子が選べない親の離婚による単独親権は、一方の親と触れ合いながら子どもが成長する機会を否定していると主張している。

作花弁護士は、現在の単独親権制度の背景をこう説明する。

「親権に関する法律ができたのは、家制度のある明治憲法時代です。当時は離婚した場合、父親、つまり戸主が親権者となり、妻は親権を失いました。戦後、日本国憲法になって現在の民法ができた時に、離婚後はどちらか一方の親が親権を持つ単独親権となりましたが、当時の日本人がアメリカから『平等』を形式的に輸入した結果です」

作花弁護士は、サイボウズの青野慶久社長らが原告となって夫婦別姓を求めている裁判の代理人でもあるが、夫婦同姓を定めた民法にも通底していると指摘する。

「共同親権の問題は、夫婦別姓の問題によく似ていると思います。現在の夫婦同姓は、明治憲法時代で、結婚したら夫の氏になっていましたが、戦後の民法では夫か妻の氏を選べるようになった。本当の『平等』であれば、選択的夫婦別姓にすべきところを、そういう発想に至らなかったのは、当時の『平等』だったのだろうと思います。親権も同じで、父もしくは母の単独親権になってしまいました。家制度の名残です」

●「これまでの家族法は、親権は親の権利という発想」

では、現在の「親権」をどのように考えたらよいのだろうか?

「私が代理人を務めた女性の再婚禁止期間違憲訴訟では、最高裁判決で、親子法は子の福祉や子の保護のためにあるのであり、親の迷惑防止のための制度ではないことが示されました。

これまでの家族法では、基本的に親権は親の権利だという発想で、離婚後の単独親権も、親の迷惑防止のための制度といえます。一方の親が離婚した元配偶者と子どもの共同親権者になれば、連絡も取らなくてはならない。

しかし、明治憲法時代には家のための親子法が、戦後は親のための家族法になり、21世紀になって子のためにあるという流れです。子どもの立場で考えれば、親の離婚は関係なく、両親に会えた方が子どもの福祉のためになります。

離婚して夫婦をやめたとしても、親をやめたことにはなりません」

この訴訟とは別に、来年にも、法務省が親権制度を見直す民法改正について、法制審議会に諮問する方針であることが報じられている。今後、親権のあり方をめぐってさらなる議論が求められる。

(弁護士ドットコムニュース)

5年前